指揮 ピフィツナー 録音 1929年

<CD 406>

指揮 ハンス・ピフィツナー
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1929年

ハンス・ピフィツナー 1869~1949年

 モスクワ生、ドイツ人の作曲家、指揮者。
モスクワで生まれ、幼いときにドイツに移住する。
フランクフルト、コブレンツで学ぶ。
ストラスブルグ歌劇場の音楽監督、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者などを勤める。
創作活動も旺盛で、ワルターが指揮をしたパレストリーナは評判を呼び、作曲家としても名声を得た。
晩年は家族との不和、戦争などにより不遇であった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章 15'06"
第2楽章 14'54"
第3楽章   3'45"
第4楽章 12'19"
 合計   46'04"
 
 第1楽章は、テンポや音量を細かく変化させ、情感のこもった熱っぽい演奏を展開している。
ただし、もっと勢いと推進力があってもよいと感じた。
 第2楽章も効果的にテンポや音量を変化させ、情感あふれる演奏である。
中盤以降の盛り上がりも壮大である。
音量のレンジ幅を大きくとって、劇的な効果を出している。
 第3楽章もテンポの切り替えが巧みで、生気ある演奏である。
 第4楽章は前半はテンポと音量を抑制しているが、次第にテンポとボルテージが上がってきて、盛り上がりを見せる。
中盤以降の音の拡がりは見事である。

 ドイツ流の重厚壮大な演奏ではなく、情感あふれるロマンチックな演奏である。
80年以上も前の古い録音のため、ヒスノイズがあるが、それほど悪い音ではない。
電気的なリカバリーがなされているようである。

CD406 Hans Pfitzner,Berlin Philharmonic Orchestra;1929

Pfitzner

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指揮 セル 録音 1957年

<CD 385>

指揮 ジョージ・セル
演奏 ベルリンフィルハーモニーオーケストラ
録音 1957年8月 ザルツブルグ音楽祭でのライブ録音

ジョージ セル 1897~1970
ハンガリー ブダペスト生
ヨーロッパ各地で活躍後、渡米中に第二次大戦が勃発したため、アメリカに留まる。
1946年にクリーブランド管弦楽団の指揮者となり、1970年まで指揮者を勤め、同楽団をアメリカの五大楽団に押し上げた。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。
 
第1楽章 15'09"
第2楽章 16'16"
第3楽章   5'45"
第4楽章 11'43"
 合計   48'53"

 第1楽章はテンポは標準的だが、リズムに弾力があり、緊迫し、引き締まった演奏だ。
しかし、ゆるめる部分はちゃんとゆるめており、硬軟取り混ぜた見事な演奏だ。
 第2楽章は出だしはトーンを極端に抑えている。
静寂な演奏が続き、厳粛な雰囲気を十分演出している。
後半は荘厳さを失わず雄大な演奏となる。
この楽章も大変うまくまとめている。
 第3楽章も硬軟をうまく使い分け、ソツなく手堅くまとめている。
 第4楽章は躍動感あふれるエネルギッシュな演奏である。
終始アクティブな演奏で、最後はハイテンションで終わる。

 モノラル録音なのが惜しいが、録音状態は悪くない。
セルらしいソツのない演奏で、細部にも注意が払われている。
調子を細かく変化させ、小さな波と大きな波とうまくからみ合わせていて、ハイレベルな演奏だ。
終始飽きることなく、緊張して最後まで聴き入ることができた。
セルは完璧主義者であるということをしばしば聞くが、この演奏を聴くとその意味がわかるだろう。

CD385 George Szell Berlin Philharmonic orchestra;1957/08

1957

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指揮 シルベストリ 録音 1960年

<CD 356>

指揮 コンスタンティン・シルベストリ
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1960年 4月 ライブ録音

コンスタンティン・シルベストリ

1913~1969年
 ルーマニアのブカレスト生、ルーマニア人の指揮者(後年に英国に帰化)。
ルーマニア国立SO、ジョルジュ・エネスコPOの音楽監督を勤めた後、1963年にボーンマス交響楽団の首席指揮者となった。
個性的な演奏をする人で、ドボルザークやチャイコフスキーの曲を得意とし、新世界の録音は名盤とされている。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章 15'14"
第2楽章 17'04"
第3楽章   4'09"
第4楽章 11'50"
 合計   48'17

第1楽章は速めのテンポでリズムが激しく、テンポにも揺れがあり、音の起伏が大きく激しい演奏である。
第2楽章は指揮者によって印象に差が大きく出る楽章であるが、この演奏は陰影が濃く、重い印象で、中盤以降も重く、激しい演奏が続く。
第3楽章はテンポ、リズム、音量とも変化をつけて、個性的な演奏だ。
第4楽章も速いテンポで、リズムが激しく、音量も大きく、終始エネルギッシュでハイテンションの演奏である。

 この演奏は力を込めた激しく、重く、荒々しい個性的な演奏だ。
盤の音質が良くなくノイズも大きいので、余計に荒々しさが増幅されて聞こえる。
ディジタルリマスタリングが施されていたなら、この演奏の持ち味である荒々しさが薄れてしまうかも知れない。
 本CDの演奏はフリツ・シュライバー指揮、ドレスデン国立交響楽団となっているが、フリツ・シュライバーなる指揮者は実在せず、シルベストリとベルリンPOによるものではないかとされているので、その指揮者、団体のものとさせていただいた。
 オーケストラの音は重厚でよく鳴っていて、テンポ、リズム、音量の変化にきちんと対応できている。
さすがベルリンPOの演奏だと感心させられた。

CD 356 Constantin Silvestri Berlin PO 1960/4

Silvestri1960

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指揮 カラヤン 録音 1966年

<CD 337>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1966年 4月 東京でのライブ録音

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章 14'14"
第2楽章 16'34"
第3楽章   6'14"
第4楽章 12'08"
 合計   49'10

 第1楽章は磨かれた透明で澄み切った音がほとばしり、瑞々しい印象だ。
リズムも切れ味が良い。
テンポは一定ではなく微妙に変化を付けているが、あくまで自然な範囲内にあり、単調さを避けるのに寄与していて、音楽の流れも良くとても心地よい。
弱音も強音も音のキレと響きが素晴らしい。
音の強弱の変化も存分に取っていて、迫力も十分である。
 第2楽章は冒頭の約10秒が無音であり、残念である。
しかし、とても美しく、情感もこもっていて、更に雄大さを伴っている。
後半の盛り上がりも自然で、強音も乱れがない。
 第3楽章は整然としていて、かつ軽妙また華麗でもあり、見事な演奏だ。
 第4楽章は流麗な演奏だが、テンポや音の強弱が微妙に変化していて、一本調子を避け、立体的かつ多様な印象の演奏だ。
要所では集中力が発揮され、迫力満点の演奏だ。

 名器を名人が思う存分コントロールして、切れ味鋭い演奏を展開している。
音の強弱、テンポの変化を幅広く取っているが、乱れがなく、不自然さもなくまとめられた快演だ。
この演奏を聴いた当時の東京の聴衆は陶酔させられたに違いない。
演奏の終了を待たず大きな拍手が起こったのはそれを物語っている。
正直、カラヤンの凄さを再認識させられた。
カラヤンの晩年の録音は不満の残る部分もあるが、60年代後半から70年代にかけての演奏は充実していると感じる。

CD 337 Herbert von Karayan Berlin PO 1966/4

Karayan1966april

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指揮 カラヤン 録音 1977年

<CD 316>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1977年8月 ライブ録音

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章 13'23"
第2楽章 15'50"
第3楽章   5'459"
第4楽章 11'48"
 合計   47'00"

第1楽章はやや速めのテンポで、洗練され、勢いと力のある演奏だが、もっと深みがあればよかった。
第2楽章もやや速めのペースだが、洗練された美しさがある。
情感も込められ、流れるような演奏だ。
この辺りはさすがにうまいものである。
後半は底力のある大きな演奏だ。
すごい引力を感じる。
第3楽章も洗練されていて、無難な演奏だ。
第4楽章は速いテンポで、リズム感と力感あふれる演奏だ。
勢いがあり躍動感も十分だ。

前回のカラヤンのCDの印象が良くなかったので、再度彼のCDを取り上げた。
カラヤンの1977年のエロイカは、3月、11月に次ぎ3度目の紹介になる。
洗練されたそつのない演奏だ。
特に第2楽章は第一級の演奏だ。
第4楽章も良いが、全体的にもっと深みが感じられればさらに良かった。
ベルリンフィルも好調であった。

CD 316 Karayan Berlin PO 1977/8

Karayan77aug

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指揮 カラヤン 録音 1976年

<CD 315>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1976年 11月4日 カーネギーホールでのライブ録音

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章 13'45"
第2楽章 14'38"
第3楽章   5'47"
第4楽章 11'28"
 合計   45'38"

第1楽章は相変わらず豊かな音量で、華麗な演奏だが、とても速いテンポなのでやや上滑りしているような印象もある。
後半はハイテンションの演奏だ。
第2楽章の前半はやや淡泊な演奏だ。
中盤から密度の濃い演奏になり、後半は大変スケールの大きな演奏だ。
この楽章もテンポが速い。
第3楽章は前半は穏やかな演奏だが、後半は切れ味の鋭い演奏だ。
この楽章もテンポが速い。
第4楽章は速いテンポで、緊張感と集中力のある演奏だ。
カラヤンらしい雄大で壮麗な演奏だ。

カラヤンはオケを完全に掌握して、一音たりともおろそかにせず自分のペースで進む演奏スタイルだが、このCDではカラヤンらしさが部分的にしか感じられない。
考えられる原因の一つはテンポが速すぎること、また録音マイクの位置が遠すぎるような感じである。
音が遠くで聞こえるような気がする。
これも原因のひとつだろうか。
どうやらこのCDも正規録音ではないようだ。

CD 315 Karayan Berlin PO 1976/11

Karajan76ny

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指揮 カラヤン 録音 1981年

<CD 294>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1981年 ライブ録音

第1楽章 14'07"
第2楽章 16'09"
第3楽章   6'12"
第4楽章 12'20"
 合計   48'48"

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章はカラヤンらしい快適なテンポの力感あふれる演奏だ。
オケも一糸乱れぬ緊密なアンサンブルで、さすがはベルリンフィルの音だと感じさせられる。
圧倒的な音の迫力に酔いつつも何か足りない物があるようにも感じる。
第2楽章はカラヤンにしては珍しく強めの音で始まり、その後も美音だがアクセントの変化がなく、情感が伝わってこない。
後半も圧倒的な音量だが空虚に響き、カラヤンにしては不出来な第2楽章と感じる。
第3楽章はテンションの高いシンフォニックな演奏だが、この楽章はもっとテンションを緩めてもよいのではないだろうか。
第4楽章はカラヤンらしい緊張感と流麗さと力強さに持ちていて、最後まで迫力ある演奏が続く。

このCDは2006年にプレスされたもので、「世界初出」というコメントがある。
大変残念なことに、このCDにはテープのヒスと思われる大きなノイズが終始乗っている。
音そのものは悪くはない。
ノイズが気になって、その影響のため良い評価になっていないとも言える。
カラヤンは生前、メディアとして残すものについてはスタジオ録音であれライブ録音であれ、自ら徹底的にチェックして、気に入らない録音はすべてボツにしたと聞く。
このようにノイズの多い録音がカラヤンの了解を得られるとは考えにくく、これは正規の録音ではないのかも知れない。
これはカラヤンのフィルターをかいくぐった不出来な録音なのだろうか。
カラヤンらしい陶酔させられる演奏を期待したが、残念な結果であった。

CD 294 Karayan Berlin PO 1981

Karayanbp81

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指揮 アバド 録音 2001年

<CD 260>

指揮 クラウディオ・アバド
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 2001年 2月 ライブ録音

第1楽章 16'56"
第2楽章 14'49"
第3楽章   5'51"
第4楽章 11'05"
 合計   48'41"

クラウディオ・アバド 1933年~
イタリア ミラノ生

 イタリア人の指揮者。
ミラノ スカラ座、ウイーン国立歌劇場の音楽監督などの後、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者を務めた。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第1楽章は速めのテンポで、軽やかで流れるような美しい演奏だ。
ベートーヴェンではなく、メンデルスゾーンの曲のような錯覚さえ覚える。
ただ、柔らかさの中に芯はしっかり残っている。
後半は力強さが加わってきて、やはりベートーヴェンの曲だとあらためて気付かせられる。
第2楽章は情感がこもっていて、美しさと緊張感が程良くバランスしている。
後半は荘厳さが加わる。
第3楽章は軽快な流れの中に力強さもある。
第4楽章は変化が多く多様な表現を要求される楽章だが、力むことなく落ち着いて安定したテンポできめ細かく演奏展開している。

これは2001年にライブ録音をしたベートーヴェンの交響曲全集の中の1枚である。アバドとベルリンフィルは2000年にベートーヴェンの交響曲の全集を録音しているが、間を置かずにこの録音を出したのは、アバドがこの演奏に自信をもっていたからなのであろう。
確かにエロイカは2000年のものより良い出来映えだと感じる。
流麗さの中に力強さが加わり、アバドの力を示したものと言える。

CD 260 Abbado Berlin PO 2001/2

Abado2001

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指揮 カラヤン 録音 1977年

<CD 238>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1977年11月 ライブ録音(東京)

第1楽章 14'00"
第2楽章 15'58"
第3楽章   6'04"
第4楽章 11'56"
 合計   47'58"

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

第一楽章は滑らかで流れるような美しい演奏だ。
特に弱音がオブラートに包まれたようで絶妙だ。
楽章全体を通してゴツゴツ感がまったくなく、柔軟性のある演奏だ。
第2楽章はソフトで美しく清廉な演奏だ。
天女の柔らかい羽衣に包み込まれたような感覚だ。
このような演奏ができるのはもちろんオケの技量もあるが、カラヤンの並外れた才能によるものだろう。
第3楽章は柔らかく、しなやかで美しい演奏だ。
リズムも柔らかい。
第4楽章は柔らかで、羽根のように軽快な演奏だ。
リズムも柔らかい。

従来のエネルギッシュで緊張感のあるカラヤンの演奏とは大きく異なるスタイルだ。
柔らかく美しく清らかな演奏だ。
ムード音楽としても通用するのではないだろうか。
美しい「英雄」ならこの演奏が筆頭に挙げられるだろう。
まさにカラヤンマジックと言える。

CD 237 Karayan Berlin PO 1977/11

Karayan77live

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指揮 カラヤン 録音 1973年

<CD 229>

指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1973年11月 ライブ録音

第1楽章 13'54"
第2楽章 15'30"
第3楽章   5'53"
第4楽章 12'04"
 合計   47'21"

ヘルベルト・フォン・カラヤン 1908~1989

オーストリア ザルツブルグ生
戦前にドイツでオペラの指揮者としてデビューする。
戦後、ウィーン交響楽団の指揮者となる。
1955年にフルトヴェンラーの後任としてベルリンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。
以後、1989年まで34年間の長きにわたり同管弦楽団の指揮者として活躍し、ヨーロッパはもちろん世界の音楽界に君臨した。
その間多くの演奏会や録音活動を行い、映像を残すことにも熱心だった。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の設立は1882年で、設立当初はブラームスやドボルザークも指揮台に立った。
ハンス・フォン・ビューローが初代の常任指揮者となり、発展の基礎を築いた。その頃、リヒャルト・シュトラウスやマーラーも指揮台に立っていた。
その後、ニキシュ、フルトヴェングラーが常任指揮者となった。
戦後の混乱期にチェリビダッケが一時指揮棒を執ったが、やがてフルトヴェングラーが指揮者に復帰した。
1955年からはカラヤン、1989年からはクラウディオ・アバド、そして2002年からサイモン・ラトルが常任指揮者となっている。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団と並んで名実ともに現在最も著明な楽団である。

この演奏の時、カラヤンは65才、ベルリンフィルを率いて18年目で、まさに絶頂期の録音である。

第1楽章は壮大で輝かしい演奏。力感と華麗さを兼ね備えている。
やや力が入り過ぎている感もあるが、ライブならではのエネルギッシュな演奏である。
第2楽章は壮大なスケールで展開される絵巻を見るような演奏である。
オケを思い切り鳴らせている。
第3楽章も華々しい演奏である。華麗さと力強さがある。
第4楽章は鋭くかつ整ったリズムで華やかかつダイナミックな演奏で終始する。

カラヤンの演奏には常に華がある。
この演奏はライブ演奏なので、スタジオ録音のような一部のスキもない構成ではなく、テンポも曲の流れも流動的な部分はあるが、思い切りオケを鳴らしている。
ベルリンフィルを思い切り鳴らした演奏としては、同じ73年9月のベームのライブ演奏があるが、このカラヤンの演奏もそれに負けないほどすさまじいものである。
カラヤンは他の指揮者がベルリンフィルを振ったときは、その結果に注意を払ったそうである。きっと2カ月前のベームの熱演に刺激をうけたのではないだろうか。
それはともかく、この演奏はカラヤンの絶頂期の演奏だけに、全くすごいの一言である。

CD 229 Karayan Berlin PO 1973/11

Karayan73

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